「えほんのたね」を読んでくれたみなさま。
おかげさまでようやく心が満タンになったので、
ブログを再スタートしました。
「神舞美季のこころえ」
http://cocoro-e.jugem.jp/
お引越し先で、お待ちしております♪
「えほんのたね」ブログは、
本日を以て終了とさせていただきます。
ずっと考えていたことがありました。
「絵本を描く私」というのは、たくさんある私の中の
ひとつに過ぎないということ。
好きなものを探してる途中で偶然に巡り合ったのが、
絵本であったということ。
そのことを、重くも軽くも受け止められるのですが、
“絵本と出会っていなければ今の自分はない”
ってことだけは、確信しています。
絵本の中に強い光を見出したこともあれば、
絵本を描くことに喜びを感じたこともある。
それらは間違いなく、私の生きる力となり
希望の種となりました。
同時に、たくさんの苦悩も知りました。
よく編集者の言っていた“必然性”という言葉が
今とても胸に引っかかっています。
そこに必然性があるか、という問いは
初め、絵本のお話づくりについて用いられ、
後に、作り手の作り手たる本気度を揺るがす
重要な意味合いへと、私の中で変化していきました。
そして、
絵本のテーマを考えるのと、
人生のテーマを考えるのは、
本質的に同じことだと悟りました。
このことは、私にとってまさしく
“必然”だったように思います。
絵本を描くということは、
自分と向き合うことなのだから。
「えほんのたね」もまた、
自らを省みる大切な場所でした。
人に向けて書くものだから、
あまり正確ではなかったけれど、
かなり正直ではありました。
今まで、読んでくれてどうもありがとう。
それから、くれぐれもご心配なく。
絵本を描きたい気持ちは、永久に不滅です!
神舞美季
P.S
このブログはここで終わりとなりますが・・・
また違ったタイトル、違った方向性で、
新しく始めたいと思っています。
そのときはまた、お知らせします。
これからのことがさっぱりわかりません。
自分のことがさっぱりわかりません。
他人のこともさっぱりわかりません。
ひとつだけわかっているのは、
私には生きているという幸せがあり、
生きていくという義務があること。
心配してくださっている方々、
どうもありがとうございます。
大切な人のために、
ひとつの生きている証として
これからも思いを綴っていこうと思います。
14歳からの哲学 考えるための教科書
池田 晶子 (著)
図書館でたまたま巡り合った一冊の本。
専門用語を使わずに、哲学の視点から
人生のアドバイスをくれる。
どう考え どう生きるか―。
難解で壮大なテーマのようだけれど、
自身の考え方、捉え方ひとつで、
こんなにも人生は楽しめるってことを
わかりやすく教えてくれる。
たとえば、
友愛について。
個性について。
社会について。
自然について。
幸福について。
自分らしく生きろ、という
「自分らしく」とはどういうことか。
「ほんとうの自分」とは一体なにか。
果たして自分が14歳の時に読んだとして、
納得できたかどうかはわからないけれど、
“自分の頭で考える”ことの大切さ、
“本質を知る”ことの大切さに、
改めて気付くきっかけをくれた。
もし、「世の中生きづらい」と感じる人がいたら
ぜひ一度読んでみてください。
***
夏は、大体いつもこんな調子で
うじうじしながら過ぎていく。
だけど、徐々に徐々に
嬉しいことが増えてきて、
創作意欲も湧いてきた感じ。
あぁ、立ち止まっていた時間が
無駄でなくて本当によかった
私は私のままでいいのだ。
やっぱり、内省は毎日ちゃんとしよう。
今日学んだこと:
幸せは、自分の心が作り出すもの!

庭に大きな蜘蛛の巣が張られていた。
晴れの日には、体にまとわりついて迷惑なものだけれど
雨の日には、シャンデリアのようにキラキラとして
まさに自然界の織り成す芸術だなーなんて、
感動したりして。

↑作者本人。写真を撮っていたら近づきすぎて、
怒られちゃいました。
玄関先には二輪の朝顔。
「見る」と「見つめる」は全然違う、と改めて気づかされる。
毎日視界に映っているはずなのに、こんなにも綺麗な色をしてたなんて
全然知らなかった。

***
休息期間は思ったより長く、今回も色々なことを考えた。
周期的な気分の落ち込みには毎度悩まされている。
だけど、結局のところ自分は自分でしかないし、
この性格とも一生付き合っていかなきゃならないのだから、
落ち込み自体を嘆いたって何も始まらないのだ。
ある本に書かれていた名言。
“心が疲れたら、自然界のものを10分間眺めてみること”
絵本作家を目指す身でありながら、日々の出来事を観察し、
記録することを怠けていたここ最近の自分の行動を反省した。
自然って、すごくいい言葉。
人の心も、自然のままに、あるがままに在れたらいいのに。
27歳の誕生日、まであと一ヶ月。
口で言うほど、歳を取ることに抵抗はない。
歳を取ることは、
年を重ねることであり、
思い出が増えることであり、
たくさんの人と出会えることだから。
結婚のタイミングとか、出産のタイミングとか
色々考え出すからややこしくなるのであって、
今ある毎日が楽しくて満たされているなら
それはとても幸せな人生だと思う。
***
年の始めに、「大吉!」と確信を持って引いたおみくじに
大好きな一節が書いてあって、いつも胸に留めている。
それはひとつの教訓のようなもので、
“上辺だけを如何に飾っても中味にあるものは隠し切れない”
という言葉。
状況や状態によって色々な解釈が出来るのだけれど、
今日私はまたひとつ大事なことを教えてもらった。
無理をしないということ。
心も、体も、同じくらい大切にしなきゃね。

↑写真家のsaoちゃんが撮ってくれた写真。
疲れたとき、ミュウは最高の癒しです☆
saoちゃん、うちのコ可愛く撮ってくれてありがと!
「本の虫」ではないけれど、
内容に没頭している、時の流れが好きだ。
最近読んだものはひと昔前にブームになった恋愛小説で、
ストーリーは知っていたけれど原作は読んだことがなかった。
読みながら、
どうしてこんなにも人の気持ちを
細やかに描けるんだろう。 とか
この日本語の表現がたまらなく好き! とか、
ついつい内容から横道に逸れてしまうのだけど
誰でも恋愛をしたことのある人なら絶対に共感できるし
会いたい人に「会いたい」と思わずにはいられない内容だった。
小説家にしろ絵本作家にしろ、物を書く人間にとって
「共感」はとても大事だと思う。
心動かされることはあっても(単純に驚きとか感動とか)、
共感できる作品に出会えたときのほうが、私はとても嬉しい。
書き手となった今、どうやって他人の「共感」を得られるだろう。
もう何年も前からずっとそんなことを考えている。
少しずつ、ヒントは見えてきた。
まず、他人を観察すること。
自分を奥の奥まで見つめること。
そして自己と他者の違いをよく理解すること。
当たり前と思っている自分の価値観を疑うこと。
分け隔てなく色々な人との付き合いを広げること。
それからたくさん本を読み、語彙を増やし、
感じたことを言葉に、作品に落とし込んでいく。
人の気持ちは、いつもひとつではないし
当てはまる言葉の数もひとつとは限らない。
自分にピタッとくる表現を見つけるのにも一苦労なのに、
果たして他人に、―私の場合は4歳の子どもに―、
何かを伝えることなんて出来るのだろうか。
目に映らないものをどれだけ綿密に、繊細に描けるか。
絵本作家としてどうあるかの前に、
人の気持ちに寄り添えるやさしい人間でありたい。
***
今期のあとさき塾も明日で終わり。
おそらく継続はしない方向でいくだろう。
もう十分に、“勉強”は出来たと思う。
編集者に頼って、仲間に甘えて、塾生であることを
支えにするのももう終わりにしなきゃ。
創作は、いつもひとりで行うものなのだから。








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